MAU LIFE LOG <ムサビ通信で学んだ記録>

【マウ・ライフ・ログ】サラリーウーマンをしながら、ずっと学びたかったデザインを学ぼうと一念発起。美大通信課程の2年次に編入、人生2回目の大学生活を送る。現在3年生。目標はアイデアを形にする力を手に入れることゆえ、卒業するかは未定。仕事と大学の両立に苦労しつつ、学ぶ喜びを噛みしめる。

Contextualize、周りと繋げるということ:全体講評はスクーリング内でやってほしいという切実な想い。

「contextualize」という言葉はご存知でしょうか。私の「タメになったWord 2016ランキング」でトップ3に入る言葉です。※自己満足

 

…いや、えっと、それだけじゃなくて、すっごく良い言葉なんですよ。以前、ロンドン芸術大学の先生のクリエイティブWorkshopに参加する機会があったのですが、その先生がおっしゃっていた言葉です。直訳すると、「状況を文脈にあてはめる」。この言葉をつかわれた状況は、ある程度人数がいるなかでみんながそれぞれ作業しているときで、「周りをみて、自分がズレたことをしていないか確認する」「周りの良いアイデアから気付きを得る」といった意味で使われていました。

 

このあいだまた1つスクーリングを経て、このContextualizeという言葉を思い出したんですよね。というのも、私はスクーリングの良いところは、「周りが見える」こと、そしてそこから「そうか!」と思う気付きや納得感を得られることだと思っています。1つ出されたお題に対して、みんなと同じ空間で同じ時間それぞれ作業する。そして周りと見比べる。1つの同じ課題からそれぞれ取り組んだのに、同じアウトプットになる人は100%いないといっても過言ではないでしょう。だからこそ、自分がどういう個性やクセがあるかも気づけるし、万一間違った作業をしていたら途中で軌道修正も可能です。

多くの場合、作業途中で周りを見るのも非常に良い気づきの機会ですが、一番は、やっぱり完成後だと思います。1つの区切りとして完成品を見比べて、そして、次の課題に活かしたい。しかし、残念なのは、今年度はそういう完成後にみんなの作品を見る機会が、ゼロではありませんが、減ってしまったことです。いや、正確には、「リアルに見る機会」が減ってしまったことです。

 

武蔵美通信は、どうやら昨年度までは「金・土・日」が1セットのスクーリングが多かったようなのですが、16年度からスクーリングが大体「土・日」の1セットがほとんどになったそうです。学生は働きながら学校に通っている人が多いようで、そういう人たちが少しでも通いやすいように、との配慮。働いている身としてはかなり有り難いですよ。やっぱり仕事を休むのは現実問題なかなか難しいです、今の日本社会では。何ら気兼ねなく休めるのは全体の1%未満なのではないでしょうか。多分。(ベストはフルタイムで授業受けることなんですけどねぇ…それができれば苦労はない)

とは言っても!とは言ってもやはり…本来3日間でやる予定だったものを2日にするというのは、学生の負荷もかかるし、先生方の負荷もかなりあるようです。カリキュラムを再編成したり、時間の組み方を変えたり…。そして結果として、3日だったものを2日に短縮した授業の多くは、どうやら大抵最終日の最後の時間に行う「全体講評」を省略し、スクーリング終了後、在学生用に特設されたWebサイト上で、講評を行われているようなのですよ。

そして、このことが、個人的には…非常〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜に残念なのです。。。。。。やっぱり、講評は是非ともフェイスtoフェイスで行ってほしいです。文字だけではどうしても無理があります。いくら素晴らしい講評(学生の理解を促進する、学生の能力開花につながる)をされたとしても、そのニュアンスとか、先生の言葉にならない想いとか、フェイスtoフェイスでしか伝わらないことが必ずあります。また学生側からしても、質問したい場合だってあるでしょう。そして、それぞれの学生が他の学生の作品(どんな授業でもかならずアウトプットがあるものなので)を、同じ時間、同じ空間で、見比べ合うことこそ超超超学びになる瞬間だと思うんですよね。前提講義を全てオンラインで行って、面接授業ではいきなり課題制作にしてでも良いので、なんとかなりませんかねぇ。。。

 

私 はデッサンスクールにも一瞬通ったことがあるんですが、やっぱりある程度の人数で同じ課題を同じ空間、同じ時間でやるというのはかなり学びの効率が良いで す。大体デッサン系のものは、完成したら、作品を教室の前にだだだ〜っと並べて、先生の講評があります。自分の目で周りの人の作品と見比べながら違いを探したり、良い方法を発見したりするのは凄く面白い。そして先生の講評もかなりタメになる。実物を見比べながら話を聞くので理解もしやすい。

 

通信課題は、自分のペースで進められることが利点ですが、課題が何を意図しているのか、課題の文章から読み取れる場合とそうでない場合もあるし、周りに同じように作業している人がいな い分、自分のペースが早いのか遅いのか、完成度が十分なのか低いのか、わからないんですよね。そして、「あ、この発想は自分にはなかったな〜」という気付 きを得る機会が格段に少ない。これは通信の大いなるデメリットでしょうね。。。

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